田中 詩都香さん

以前はどういう暮らしをしていましたか。

10年間ずっと地元の富山で保育の仕事をしていました。まずは大阪の保育の短大を卒業してから富山に戻ってきて正職員で保育士をしていたんですよね。保育現場で障がいのある子どもを担当することもあり、よりその分野の理解を深め子どもに関わりたいと4年働いた保育所を一旦辞めて、障がい児の勉強をしつつ、障がい児施設でパートで働いていました。そのあと、そこで出会ったちがう施設の方に声を掛けてもらって、その施設で4年間正職員で保育士として勤めました。でも、だんだん施設の方針と自分の考えにズレを感じ、子どもに関わる仕事はここにこだわらなくてもできると思い、辞めることにしました。保育士の頃は、一つのことに集中しはじめたら、そればっかりになるタイプで仕事ばかりしていました。でも、それが嫌だったわけじゃなく、好きでやっている感覚でした。休日は、昔から山が好きで友達と富山や県外によく登りに行ってました。

地方へ移住しようと思ったきっかけは何ですか?

保育の仕事を辞めることを決めて、これからどうしようかなと考えた時に、一旦今までやったことのない仕事がしたいなと思いました。富山の暮らしが好きで、どこかに移住したいと思ったことはなかったのですが、以前から興味があった山で働いてみることにしました。富山の山中にあるホテルで調理補助のアルバイトを始めました。そこには季節労働をしている方が多くて、富山出身は私くらいで、日本各地から幅広い年齢層の方が来ていました。今まで出会ったことのないタイプのいろんな生き方をしている人とたくさん出会いました。

以前、雑誌で瀬戸内の特集を見たことがあったのですが、日本海と海の雰囲気が全く違って、景色がすっごく綺麗で行ってみたいなぁと思っていました。 ある日、「今度、瀬戸内を旅行しようと思ってる。」と職場の同僚に何気なく話してみると、「旅行だと出費が多いけど、働きながら住めば収入もあるし、旅行より地元密着で楽しいよ。」とすすめられたんです。
今まで保育士の仕事しかしてこなかったので、そんな働き方や、生活の仕方があるんだと初めて知り衝撃を受けたのを覚えています。このことがきっかけに地方への「移住」というつもりはないけれど、「リゾートバイト」ぐらいの感じで長期滞在してみようという気持ちが芽生えはじめました。山で出会った様々な生き方をしている人たちに刺激をもらって島に滞在することを決めたような感じですね。

実際に旅行をしてみて小豆島への移住の決心がついたのですか?

そうですね。先に直島に行ったのですが、直島はなんだかピンとこなくて。そのあと、経由地くらいの感覚で小豆島にも行き、せっかく行くなら島の人にいろいろな話を聞けたらなと思い、民泊の「コスモイン有機園」を見つけて泊まることにしたんです。宿の方にいろいろお話を聞きながら、小豆島に住むことを考えていると伝えると、島に移住して保育の活動をしている、しましまようちえんの方を紹介してくれました。ちょうどタイミングが合って、翌日その方と会うことになりました。そんな風に直接地元の方と話す機会があった中で、人を紹介してくれたり、親切にしてもらって、ここだったら生活できるかなと感じたんです。とりあえず1年だけ住んでみようと決めました。
それで1年経ったら地元に帰ってまた保育の仕事をしようかなって。

移住することを決めてから、家や仕事探しはどうしましたか?

とりあえず1年と決めていたので、最悪仕事がすぐ決まらなくても、今までの蓄えでなんとかなるかなぁと。保育士なので、他に仕事がなければ、保育士とか子供関係の仕事があるだろうと考えてました。とにかく仕事は、そこまでこだわりがなくて、とりあえずなんでもいいから今までとちがう仕事がしたいとは考えていましたね。旅行中にたまたま訪れたカフェ&ギャラリーが求人の張り紙をしていて、雑貨屋やカフェでも働いてみたいと思っていたので、いいかもと思って。
スタッフの方に小豆島に住みたいというようなことを話してみたら、「帰ったら、責任者宛に一度連絡ください」と言ってくれました。帰ったら早速、メールを送って面接の日を決めました。家はインターネットで探した不動産会社に3、4軒電話して1軒だけ良さそうな所があって、面接の日に合わせて物件見学も決めました。遠方に住んでいると、何度も来るのは大変なので。「移住」というつもりもなかったし、一時的に滞在のつもりで探していて、その時は「空き家バンク」の制度も知らなかったし、アパートを探してみたけど、なかなか単身向きの部屋がなかったんですよね。(※小豆島はマンションやアパート物件が少ない。単身向けはほとんどなく、ファミリー向けが多い。)とりあえず1軒だけ見学してよっぽどでなければここに決めようと思っていました。実際に見学に行ってみたら、良かったのでその日に家を決め、仕事の面接も受かりました。結果的に、1度旅行に来てから引っ越しするまでに小豆島に来たのは1度だけ、2ヶ月くらいであっという間に島での生活が始まりました。

移住してからはどうでしたか?

移住して1年目はちょうど瀬戸内国際芸術祭の年で飲食の仕事がとっても忙しかったです。それまで保育士の仕事がハードだったので、のんびりするつもりで島に来たのに仕事に追われていました(笑)。マンションに住んでいたし、仕事が終わるのも遅かったので、近所の人や、地元の人との交流はほとんどありませんでした。職場の人とも休みが合わなくて、一人で近くの島に遊びに行ったりしてたかな。小豆島暮らしを満喫してるって感じではなかったですね。1年目はとにかく毎日がハードで必死でした。

そんななかでも、今働いているカフェのオーナーと知り合って、食事会に誘ってくれたことがきっかけで、縁が広がり友達ができはじめました。当初は1年だけ住むと決めていたんですけど、休日に友達と島のあちこちをまわってみるようになったり、せっかく楽しく、居心地も良くなってきたのだから、小豆島での生活を延長することにしました。

移住してからこれまで働き方に変化があったようですが、どんな風に変わっていきましたか?

1年目はカフェ&ギャラリーで調理補助をしていたんですけど、2年目からは福祉施設の幼児の教室と掛け持ちを始めました。途中から、子ども向けの運動教室のスタッフのアルバイトも週一ではじめました。昨年は働いてみたかった山小屋の仕事を富山で見つけたので、夏の間は、剱岳の山小屋で働きました。その間、運動教室はお休みさせてもらって飲食の仕事と福祉施設の仕事は辞めました。いつ、どんな理由で身動きが取れなくなるかはわからないし、動けるうちにやりたいことをやっておこうと思ったんです。
小豆島に帰ってきてからは、また運動教室の仕事を再開しつつ、声を掛けてもらった友人のカフェでも働きはじめました。2つの仕事をしながら、仕事後や休日の時間を使って、「山詩月(やましづき)」の名前でアクセサリーや帽子、バッグなどを編む製作をしています。一つに決めて働いていないのは、一つに決めるとのめり込みすぎてしまうので今は、今までの自分とは違う価値観にいろいろ触れるためにあえてそうしています。今後はもう少し「山詩月」が軌道に乗って行ったらいいなと思っています。

「山詩月」はどういうきっかけで始められたのですか?

もともと、富山にいる頃から、手芸は好きで趣味でやっていました。友達への贈り物として作っていて、島に来てからもそれを続けていたら、こんなものを作って欲しいって頼まれるようになって、頼まれて作るということを繰り返しているうちにある友人が「それ、仕事にしたらいいよ」と背中を押してくれたんです。それまで編み物を仕事にしようと考えたことはなかったんですけど。私の作ったものを欲しいと思ってくれる人がいるのならとオーダーを受け、販売をはじめてみることにしました。そうこうしているうちに、友人の雑貨屋にアクセサリーを卸すことになりました。値段の付け方も分からなかったので、その友人に相談に乗ってもらったり、丁寧な紹介文のポップまで作ってくれました。まだまだ試行錯誤中ですが、本当に人との縁でここまで進んでこれたなと感じています。

小豆島に来てから気づいたことや、大切だと考えたことはありますか?

昔から周囲の人に恵まれていると感じることは多かったのですが、小豆島に来て、より「人との縁」が大切だと感じています。保育士時代、正職員で働いていた頃より、島に来てからの収入は半分以下になってしまったけど、それでも「人との縁」のおかげで心地良く暮らせているなと感じています。

移住しようと思っている方へのアドバイスはありますか?

「移住」と腹を括りすぎず、ちょっと行ってみたいと思うのなら、一度直接訪れて住んでいる人に会ったり、行ってみたい場所に行ってみるといいと思います。私の場合は、初めに興味を持った直島は行ってみたら、「住んでみたい!」とは思わなくて、たまたま経由地で来た小豆島に惹かれました。行ってみないと何がいいと感じるか、縁になるかは分かりません。

移住してから、最初の1年は、休日は一人で遊びに出掛ける事が多かったです。でも、たまたま声を掛けてもらった食事会がきっかけで、休日に遊んだり、なんでも相談できる気の合う友達ができました。プライベートでも仕事でも人との出会いや縁のおかげでいろいろな経験が出来ています。生活環境や利便性はもちろん大切ですが、気になる場所や人には、行って会ってみるといいと思います。

(2019年6月20日インタビュー)

プロフィール
田中 詩都香(たなか しづか)
1985年、富山県生まれ。2016年3月に小豆島に移住。
家族構成:単身 ※2019年6月時点。現在は夫と二人暮らし。
職業:山詩月(編み物)、カフェスタッフ、運動教室スタッフ

インタビュー取材・文担当。1987年大阪生まれ。2013年から香川県小豆島在住。小豆島観光協会の広報などを経て現在はフリーランスでライターとして活動している。

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